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オカンの卵巣がんが見つかってから約1年経ち

ちょうど昨年の今頃、親戚の不幸でこちらに来たオカンが、去年から調子が悪いのでこちらの病院にかかりたいと言ってきた。

11月ぐらいからお腹の調子が悪く、胃もたれしてご飯が少ししか食べられないし、歩くと息切れがするという。

結果、卵巣がんが見つかり手術したけれど、予後が良くなくて。

それからのオカンは、実家の片付けや自分の準備もしっかり済ませ、普段通りに生活する事を望み、畑も楽しんで、出来るだけ自宅で過ごしたいと希望し、皆で頑張って支えてきたけれど・・

緩和ケアの病院に再入院して3日目の今日、あと1ヶ月ぐらいだろうと主治医から説明がありました。

もちろん本人には言ってないけど、お母さんは色々考える方だし自分でわかってると思います、と看護師さんが言う。

一番厳しい時、腹水で妊婦さんみたいにお腹が張り出て苦しむオカンを見て、どうして今、85歳のオカンをこうして苦しめるのかと、胸が張り裂けそうになって辛かった。

でも今、ものすごく痩せてしまったけど、お腹もぺったんこで、痛みに苦しむ事も無く、ただただ衰弱してる感じです。

その状況に私はむしろ、安心しています。

最近はほとんど寝てばかりだけど、いい夢見てね、スヤスヤ寝ててちょうだい、って思うぐらい。
痛み無く、苦しさから解放され、穏やかに過ごして欲しい。

でも、本当に悲しいです。
悲しくて寂しくて、ふとした時に、すぐ涙がダーーーって流れます。

で、何となく、今までのオカンの病気の経緯を書こうと思ってですね、ざっとまとめてみました。

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オカンの卵巣がんの経緯

2025年1月中旬

オカンから、調子が悪いので札幌の病院にかかりたいと連絡が来る。
聞けば、年末から胃もたれして食事も取りにくくなったという。
なのでこちらで胃カメラ検査をしたけれど、かるい逆流性食道炎と診断され、帰宅。

2月中旬

やっぱり調子が悪いと連絡が来て再診。
1ヶ月で痩せ、でもお腹がパンパンに張っていてギョッとする。
先月の病院でCT検査をすると腹水が溜まっていて、卵巣が腫れているととの事。

その日のうちに、紹介された婦人科で見てもらうと

卵巣に大きな腫瘍が出来てるので手術でとらなきゃいけない
腹水がたまるのはほぼ悪性である

と告げられ、大きな病院を紹介される。

2/22 某大学病院を初受診、初めて腹水3L抜いてもらう

以降、腹水で辛くなったら電話して予約を取り病院へ。
頻度は3週間に1回ぐらい、2~3リットル程度。

4/23 手術で卵巣腫瘍を取り除く。
5/2 退院

退院時のカンファレンスで、卵巣以外にも癌が広がっていて、当初手術で取る予定だった腹膜も、癌が広がっていてとれなかったと説明を受ける。

癌が残ってる状態で抗がん剤をしても「完治」じゃなくて「延命」のためで、医師は母には勧めないようなニュアンス。
母も、1ヶ月か何年かもわからない延命のために抗がん剤はやりたくないと主張。

医者の余命宣告は、半年から1年で、緩和ケアの病院への紹介となる。

5/14 介護認定調査
5/30 3週間ぶりに腹水抜き1.6リットル
6/3 緩和ケア病院初受診
6/4 検査入院で、お腹に腹水を抜くためにカテーテルを留置
6/16 カテーテルを抜いて退院

この頃には腹水を抜く頻度が2週間に1回~10日に1回ぐらいと短くなる。1回2~3リットル。

6/末 介護認定が要支援2と通知

7月 訪問看護を2週間に1回で契約

9/18 抗がん剤をやるかやらぬかでセカンドオピニオンに

兄と激論その後、セカンドオピニオンに行って来た
今月上旬、兄とオカンの治療について激論その後の今日、セカンドオピニオンに行って来ました。論点は「抗がん剤をやるかやらぬか」で。当初からオカンは「絶対やらな...

このあたりから、腹水を抜く頻度が1週間に1回から、5~6日に1回に。
1週間に2回になったらカテーテルを留置した方が良さそうとオカンと話し合う。

10/31 カテーテル留意のため入院
11/28 訪問診療、訪問看護、ケアマネさんと病院で会議、今後の方針を決める
12/1 オトンを実家から呼び同居開始
12/3 オカン退院、オトンと私との三人での同居開始

自宅にて週3回の腹水抜き(訪問診療、訪問薬局、訪問看護)、さらに訪問看護にはシャワー介助もお願いする。

介護保険で電動ベッド、室内歩行器もレンタル契約(入院前に済ます)

入院中から少し寝てる時間が多くなったと思っていたけれど、自宅でもほぼほぼ電動ベッドで過ごす。調子安定せず。

12月末~ 一人での起き上がり、歩行が危なくなりびっちり付き添うように。

それでも、年末年始は調子良さそうで、皆で笑って過ごせました(涙)

1/3 歩行器で歩くのを支えても途中でへなへなと座り込んでしまうのでオトンと二人でトイレ介助。ベッドでの歯磨き介助も開始、オカンと入院を話し合う。
1/4 朝食べず、お昼もベッドで、起き上がるとフラフラして息が苦しくなるというので入院しようと話し合い、訪問看護に連絡し相談、色々調整に動いてもらう。

1/5 訪問診療のMSWから連絡があり、救急車が手配され、前の緩和ケア病院に運ばれ再入院。

1/7 主治医に呼ばれ、肺への転移と、余命があと1ヶ月だと説明を受ける。


こう見ると、オカンは一年、よく頑張りました。

あとは、病院で安心して過ごしてもらって、とにかく苦痛なく、痛み無く、穏やかに穏やかに過ごして欲しいと願うばかりです。